第四回「覚明(かくみょう)」

 

富山県教育文化会館開館45周年を記念して上演される音楽朗読劇「凛音×天声」。

本作をよりいっそう楽しんでもらおうと、富山県文化振興財団と江嵜大兄がお送りする公演PR連載。

 

第四回目にご紹介するのは義仲の右筆、覚明です。

右筆とは、『貴人の傍近くに仕えて、物を書く役。また、その役人(大辞林)』とされています。公私にわたり書状を出すことの多い武将に代わって、文字に精通する人物が書状や文書を代筆していました。その専門職が右筆であり、現代でいう事務次官のような役割を果たしていました。

 

覚明は比叡山で修行し、南都(奈良)の学僧をつとめた人物で、学識高く類まれな文才の持ち主だったようです。倶利伽羅峠での必勝を祈願し八幡宮へ奉納した願書や、比叡山を味方につけるために書き記した山門牒状は歴史に残る名文とされ、平家物語にも覚明が書いた願文が複数収められていることから物語成立に深く関与した人物ではないかと考えられています。

 

切れ者で、文才があって、フィクサーで、歴史に残る軍記物語にも深く関わっている……。

何だか完璧すぎて人間味のない人物のように思えますが、覚明の人柄を表すこんなエピソードがあります。

 

平家一門全盛の頃、赤い着物におかっぱ頭をしたカムロと呼ばれる少年たちが街中を我が物顔で歩いていました。彼らは平家一門の悪口を言う者を取り締まる秘密警察のような存在だったのです。

 

悪口を呟いただけで家財を没収され捕らえられてしまう。下手をすれば打ち首です。そのため、人々は平家の悪事を見て見ぬふりをして決して口にせず、カムロが道を行けば馬車が避けて通るほどでした。

 

そんな平家の横暴に覚明は怒りを爆発させたのでしょう。以仁王の令旨に対する返書として、「清盛は平氏の糟糠、武家の塵芥(清盛は平氏のみそっかす、武士のゴミだ)」との檄文を送り返しました。つまり、一人の僧が時の権力者に喧嘩を売ったのです。激怒した清盛は覚明を討てと命じました。覚明は平家の追跡から逃れるため、漆を浴びて顔をつぶし、命からがら東国へ逃れ、義仲軍に加わることになりました。政治的識見の乏しい義仲陣営にとって覚明は大変貴重な存在でした。そして、覚明を右筆に迎えた義仲軍は平家軍相手に連戦連勝し、ついには平家を都から追い出すことになるのです。

 

こう見てみると、平家の没落は覚明を怒らせたから? とも言えるかもしれません。

何にせよ。驕る者は久しからず、です。

 

 

こちらは埴生護国八幡宮の宝物殿に収められている木曽願書です。

義仲が奉納したと伝えられているもので、当時のまま残されているとのことでしたので文字がかすれて読み取ることは困難でした。

 

 

 

これは加賀藩によって書き写された木曽願書。保存状態は素晴らしかったです。

 

 

 

源義仲公戦勝祈願の図。義仲の前で願文を読み上げる覚明の姿が描かれています。背後には八幡宮の鳥居と社殿、白鳩、倶利伽羅峠と鳩清水の滝が描かれています。

 

 

 

その他に義仲が奉納したとされる鏑矢と矢尻など、計六点が義仲ゆかりの宝物として収められています。

 

 

 

本記事の執筆にさいして、埴生護国八幡宮の宮司、埴生雅章さんに大変貴重なお話をお聞きしました。この場を借りて深く感謝いたします。ありがとうございました。

 

音楽朗読劇 凛音×天声

脚本・演出江嵜大兄

作曲・音楽監督 furani

Cast 小林親弘能登麻美子新垣樽助 杏里

20191124

開演1500開場1430

富山県教育文化会館 ホール

 

さて次回は、義仲関連の歴史資料館をご紹介します。

 

 

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